おバカな就活からの迷走人生

就活生に伝えたいこと

私の経歴をみると、「OL→中学校教員→司会→プリザーブドフラワー講師→研修講師」となっているので、「何、その経歴?」「何やってるの?」と言われることが多いです。

現在、就職活動中の学生サポートに関わらせていただき、強み発見や面接指導をしながら、これからの自分の人生をイメージすることの大切さを伝えている私ですが・・・

この迷走人生の発端は、私の無知で愚かな就活から始まっています。
正直なところ、私自身は、立派な学生ではありませんでした(汗)

何も考えていない、おバカな女子大生でした。

私の就活は、うまくいったともいえるし、完全な失敗ともいえるかもしれません。

だから、今、学生時代から、様々なことを考える機会に恵まれていることは、本当に幸せだな〜と思っています。

しかし、反対に、考えすぎて、身動きがとれなくなっている学生がいることも事実です。

学生に伝えたいことは・・・

できるかできないかは、やってみなくては分からないということ。

やる前から、考えすぎたり、心配しすぎたりして、いいことは何もないということ。

情熱さえあれば、なんとかなるということ。

私の迷走人生

短大を卒業して、バブル絶頂期での就職。

何も考えなくても、就職できる・・・というより、企業から囲い込みをされるくらい欲される人材。

それは、私が特別というわけではなく、社会全体がそういう時代でした。

20歳

だから、恥ずかしながら、何も考えず、某テレビ局に入社しました。

実は、小学生の頃から、「話す仕事」がしたいと考えていたので、テレビ局に入れば、アナウンサーへの道が開けるかも・・・なんて考えてのことでした。

しかし、配属は、アナウンサーとは、かけはなれた人事部。

本当におバカ・・・

アナウンサーは、当然、別枠の試験です。そういうことすら調べず、考えず、テレビ局→アナウンサーと、入社してしまったのです。

そして、当然、アナウンサーへの道は見えず、毎日、給与、勤怠、採用業務をしていました。

「ここにいても、夢は叶わない。でも、アナウンサーになる方法は分からない。ま、話すことなんて、アナウンサーじゃなくてもできるし、学校の先生になって、子どもたちに何かを伝えよう」

この時、23歳。

教員採用試験を受け、3月31日までOLをして、次の日4月1日から、教壇に立つという異色な先生として、働き始めました。

中学生との生活は、苦しいことも、たくさんありましたが、青春そのものという毎日で、楽しい・・・というより、充実した日々でした。

でも、やっぱり、どこかで、「話す仕事」に未練があり、学校が終わってから、タレント養成スクールに通うようになりました。

こちらは、その時の宣材写真(笑)

 

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もちろん、公務員なので、仕事をすることはできませんでしたが、「いつかは・・・」」という思いだけで、毎週、通っていました。

教員という仕事は、待遇の面では、男女の差もなく、安定しているので、辞めるには勇気がいる職業ではありますが、結婚が決まったの機に、退職。

その後、タレント事務所から披露宴司会事務所に籍を移して勉強をし、司会者デビュー。

初めて、「話す仕事」でお金をもらえた!!

本当に嬉しい瞬間でした。

7年間、司会の仕事をし、その間に、子どもを2人出産し・・・その後も、いろいとな経験が重なり、今に至っています。

大切なのは、情熱と挑戦する心

振り返ってみると、かなり迷走していて、とっても遠回りのようにも見えますが、後悔したことはありません。

もちろん、自分の愚かさと恥ずかしさを感じずにはいられませんが、常に、「挑戦すること」だけが、自分のやりたい方向へ向ける人生の転機になりました。

また、その時々に学んだことは、1つも無駄になっていないことも、はっきりと言い切れます。

おバカだからできたこと、また今だから言えることかもしれないけれど、「やりたい!」という気持ちだけで、やってみる。走りながら、できるように努力する・・・この繰り返しで、少しずつ、自分の納得できる毎日に変わってきたと信じています。

だから、「話す仕事」ができていることは、本当に嬉しいことです。残念ながら、アナウンサーではないけれど・・・(笑)

もちろん、まだまだ、進化中・・・

私も、挑戦していきたいし、学生の皆さんにも、挑戦する心をもってほしいな〜と思っています。

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